01 はじまり
昭和五年、
人吉で始まった
鍛冶屋。
初代・一栄は、四国・土佐へ渡り、鍛冶の修行を重ねました。
修行を終える際に師匠から『則光』の名を授かり、人吉へ戻ったのち、昭和五年に則光刃物店を創業しました。
創業した場所は、現在の店舗と同じ熊本県人吉市寺町。
ここから、則光刃物店の刃物づくりが始まりました。
初代・一栄 工房にて

02 人吉球磨と刃物
暮らしと仕事を支えた、
実用の刃物。
戦後の則光刃物店では、山林刃物や土農具をはじめ、人吉・球磨で暮らし、働く人たちが日々使う道具を数多く製作してきました。
山仕事、農作業、料理。刃物を必要とする場所はさまざまです。
見た目を飾るためではなく、実際の仕事で使えること。その考え方は、現在の則光刃物店にも受け継がれています。

料理包丁

出刃包丁

刺身包丁

狩猟用剣鉈

料理包丁

土農具
03 継承
二代目へ、
受け継がれた
鍛冶の技。
昭和40年ごろ、二代目・勝行が鍛冶仕事を受け継ぎました。
初代から教わった技を身につけながら、日々、火と鉄に向き合う。
その仕事は、一本の刃物を形にするだけではありません。
使う場所や仕事を考え、必要な切れ味や強さを一本ずつ確かめながら鍛錬していく仕事です。
初代から二代目へ。
則光刃物店の鍛冶の技と、使うための刃物をつくる姿勢が受け継がれていきました。
30代のころの二代目・勝行


04 使う人のために
人吉の現場から、
生まれる刃物。
則光刃物店が作ってきた刃物は、工房の中だけで考えられたものではありません。
山で働く人、農作業をする人、猟をする人、料理をする人。それぞれの使い手の声を聞きながら、必要とされる刃物を形にしてきました。
現在も製作する狩猟用剣鉈は、猪や鹿の多い地域で猟師たちの声を聞き、実際の狩猟で使うために作り上げてきた一本です。測量鎌をはじめとする山林刃物もまた、山の現場で働く人たちの仕事を支えてきました。
40代のころの二代目・勝行 造林鎌の鍛造
05 技と伝統
人吉球磨刃物と、
受け継ぐ技。
昭和54年(1979年)、『人吉球磨刃物』は熊本県伝統的工芸品に指定されました。
指定条件となるのは、割込鍛造・片刃鍛造。
則光刃物店でも、昔ながらの鍛冶仕事を基礎に、刃物づくりを続けています。
伝統を守ることは、昔とまったく同じものを作り続けることではありません。
使う人や時代に合わせながら、必要なところには工夫を加える。
技を受け継ぎながら、実用品としてより良い刃物を仕立てることを大切にしています。

06 使う人のために
同じ場所で、今も。
則光刃物店は、昭和五年の創業から現在まで、人吉市寺町の同じ場所で鍛冶仕事を続けています。
現在の店舗は、老朽化した旧店舗を平成2〜3年ごろに建て替えたものです。建物は変わっても、この場所で刃物を作る仕事は変わりません。
店舗の奥にある工房では、現在も料理包丁、狩猟用剣鉈、山林刃物、土農具など、使う人の暮らしと仕事に応える刃物を一本ずつ仕立てています。


07 これからも
受け継ぐものと、
変えていくもの。
初代から二代目へ受け継がれてきた鍛冶の技。
一方で、刃物を使う人の暮らしや仕事は、時代とともに変わってきました。
昔ながらの技を土台にしながら、使う人の声を聞き、必要な工夫を加える。則光刃物店が目指しているのは、伝統を飾ることではなく、これからも実際に使われ続ける刃物をつくることです。

人吉で生まれる、
一本を。
料理・狩猟・山仕事・農作業。
則光刃物店では、それぞれの用途に応える刃物を製造しています。
